『謎の彼女X』 第11話 卜部美琴&早川愛香

『謎の彼女X』 第11話 卜部美琴&早川愛香 『謎の彼女X』 第11話 卜部美琴&早川愛香 『謎の彼女X』 第11話 卜部美琴&早川愛香 『謎の彼女X』 第33話 5巻 122ページ

作品データ

TVアニメ『謎の彼女X』(2012年)
http://www.starchild.co.jp/special/nazokano_x/
第11話『謎の文化祭』
原作: 植芝理一(講談社「月刊アフタヌーン」連載)
監督: 渡辺歩
脚本: 赤尾でこ
絵コンテ: 誌村宏明
演出: 中智仁
作画監督: 坂本千代子

概要

 作品紹介は前回参照。
 中学時代にずっと片想いしていた女の子、早川と街中で再会した椿くん、会話の中でつい「彼女はいない」と嘘を吐いてしまい、最近彼氏にフられたという早川を慰める(≒口説く)ようなことを言い募って泣かせてしまう。しかも、泣き顔の早川が涎を垂らしているのを見て動揺した椿くんは、「これからも時々二人で会って話したいな」という早川に「早川が涎を舐めさせてくれたら……」と口走る。
 もう少しで早川の涎を舐めそうになる椿くんだが、「涎は私たちの絆」という卜部の言葉がフラッシュバックして我に返り、やはり舐められないと謝る。「やっぱり彼女がいるんでしょ」とバレる。成り行きとはいえここまでは椿が悪い。
 しかしここからが早川の恐ろしさ。椿から聞き出した名前を頼りに卜部に接触、自校の文化祭に来るよう誘います。「なぜならその日、椿くんも来ることになるからです。あなたにとっても面白いものが見られると思いますよ!」と、この時点で完全に宣戦布告モード。ちなみに、第1話で椿くんが卜部に告白した際に見せたのが、「いつも財布に入れていた、中学で好きだった女の子=早川の写真を破って捨てる」というパフォーマンス。その写真を見覚えていた卜部は一目で早川の素性を察知します。
 一方、早川は続いて椿に再度接触、「よりを戻そうとした元彼に嫌だと言ったら殴られた」とウソを吐いて、「文化祭で一日だけ彼氏のフリをしてほしい」というベタな話を持ちかけます。新しい彼氏がいるのを見せれば諦めるだろう、と。絆創膏に特殊メイク(笑)で偽のアザまで作って見せ、「他に相談できる人がいない」などと言えば話の流れ上、極めて断りづらい。しかも卜部には秘密にせざるをえない。まさに早川の思うツボにはまるわけです。文化祭の日の予定を探る卜部に、椿くんは「上野と遊びに出かける」とウソを吐くが、上野とつきあっている丘の話と食い違って嘘は決定的にばれる。
 そして波乱の文化祭当日。参加者がコスプレする趣向の文化祭で、早川は中学の制服に当時と同じ長髪のウィッグを着け、椿くんを空き教室へ連れ込んで中学の放課後のシチュエーションを完全再現して迫るのだった。「もし椿くんが本当に彼氏になってくれるのなら、私はまたあの頃みたいに髪を伸ばすわ」「でも言っただろ、彼女がいるって」「今の彼女、卜部さんを選ぶか私を選ぶかは、ちゃんと私のも舐めてから決めてほしい」 いやいや既につき合ってるんだからその理屈は通らないだろ。覗き見していた丘が止めようとしたところに、段ボールで作ったロボットのコスプレをした卜部が満を持して登場する。
 卜部は早川と決着をつけるための勝負を提案。椿に目隠しをして、順番に涎を舐めさせ、甘かったほうの勝ち、というルールです(涎の絆がある関係だと甘く感じるというのが基本設定)。ところが、先攻の卜部が涎を舐めさせた時点で、その激甘な味に椿くんは鼻血を噴き出し、「こんなの目隠しの意味ない」「今の卜部だろ!」と断定。あっけなく勝負が着きます。
 「お前、段ボールの下……!?」という椿くんの言葉に応じて卜部は得意のハサミ捌きで内側から段ボールをバラバラに切り刻み、その下から全裸で登場。「これが、私と椿くんの涎による絆!」とドヤ顔で言い放ちます。何もできずに負けた形の早川は引き下がれず、「もしあなたと椿くんにも絆があるなら、同じようにすれば椿くんに鼻血を出させることができるはず」という卜部の挑戦に応じて自分も服を脱いで全裸に。

評価

衝撃度 (Impact): 120

 文化祭開催中の学校の教室で、今の彼女と昔好きだった女の子の全裸を間近に目撃して、二人から同時にビンタされる、という夢の(笑)シチュエーション。
 こう書いてみると一体どうしてこうなったという異常極まる状況なのだが、この作品においては無理のない展開でここまで持ってきているのが凄い。「全裸で涎を舐めさせる」のはシリーズ初期、このアニメでは第2話で卜部が既にやっているし、それが伝わって興奮で鼻血が出るのも実証済み。ついでに前述の通り早川も第1話に写真で登場している(原作のこの時点で再登場の展開を考えていたわけではないだろうけど)。
 恐るべきはこの展開を成り立たせてしまう作品世界の構築だろう。まさしくこの作品でしか実現しえないシーン。

表現力 (Expression): 70

 問題はここである。
 卜部と早川は椿くんの目隠しが外れたことにすぐに気づかず、丘に指摘され、――ここからのカット割は、1.赤面する卜部 → 2.悲鳴を上げる早川 → 3.卜部のビンタ(SE) → 4.早川のビンタ(SE) → 5.椿くんの正面、二人の背後からのショット(SE) → 6.切り返して二人の正面、倒れる椿くんの背後から、となっている。
 さて、原作ではこのシーン、1.と2.に相当するコマの次に見開きで5.の画(上の画像)が来て、3.と4.にあたる絵はないのである。つまりビンタの瞬間は見開き1枚で表現されており、丘の言うところの「二撃」はほぼ同時にヒットしたのだろう、というのが私の理解でした。
 絵から見てとれるように卜部が左腕をスイングして椿くんの右頬を、早川が右腕で左頬を打ったとすると、二人の腕が描く軌道は重なっていて、同時に振り抜くのは現実的には不可能でしょう。しかし、だからこそ! アニメーションなら現実には不可能な動きも描写できるはず、と大いに期待していたのです。右からのビンタと左からのビンタ、二人の腕がフルスイングでクロスして両側がら同時にヒットする、という、いわば「翼くんと岬くんのツインシュート」のような、現実には決してありえない故に究極の、アニメならではのクロスビンタ描写が可能かもしれない、と。
 ところが実際には、卜部のビンタ→早川のビンタ、とシリアルにカットを繋ぐことによって逆に、時間差を強調するような演出になってしまっている。まず卜部の右側に椿くんの顔が流れるカット、次に反対向きに早川の左に椿の顔、と三者の位置関係の矛盾を無視するような編集になっているところはなるほどアニメならではといえなくもないけど、期待してたのはこういうのじゃないんだよなあ。
 それに、打撃音のSEが都合「三回」鳴っているのも解釈が難しいところです。よくある「衝撃の瞬間を三回繰り返す」演出のフェイクっぽい処理ですが、卜部で一回、早川で一回、そして3人が収まった画面で一回、という構成は何を意味するのか? アクロバティックに解釈すると、最初の二つは時間軸上はほぼ同じ瞬間を二つの方向から捉えた、そして改めてその瞬間の全体像を見せたのが三回目のSEが鳴った画面、だとすると三回のSEのタイミングは時系列上は全て「同じ一瞬」であり、同時にヒットしたダブルビンタを卜部サイド→早川サイド→全体、とまさに三回繰り返しで見せた演出なのではないか。
 しかしこれはあくまで「三度繰り返す」という映像文法を前提に理詰めで解釈した場合であって、観た印象として同時であるように見えていなければ効果がない。やはり、「卜部の腕と早川の腕がスイングして同時にヒットする」部分は1カットで動きを描き切ってほしかった。
 さて、ここまで「同時」ということにこだわってきたが、原作の描写(=上掲画像)を再度解釈してみると実は微妙である。見ての通り、見開きの両サイドに「パンッ」「パンッ」という描き文字の擬音が二つ並んでいる。絵としては同時にしか見えないのだが、「音」は時間差を表現しているとも考えられる。同時であれば音は重なって一つと描くか、もっと具体的に微妙なタイミングのズレを「パパンッ」という風に表現するのではなかろうか。
 その前提で絵を改めて見ると、椿くんの顔が(以下本人から見て)右を向いているのは、先に卜部のビンタが右からヒットして首が左を向き、次に早川のビンタがカウンター気味に左から入って首が右を向いた、その瞬間が描かれているという解釈は可能である。卜部、早川という順番はアニメの描写と矛盾しないし、反応の早さと身体能力の差で卜部のが先に当たるのも自然である。さらにいえばマンガの基本文法として右から左に時間が流れる原則を見開きにも適用する上で、右に卜部、左に早川という位置関係で描いたのも技法上の理由と考えられなくもない。
 以上、タイミングの問題は解釈次第として個人的な趣味に合わなかっただけだとしても、肝心のビンタが3カットとも止め絵のみで、左右のパンなどで動きの表現は付けているものの、やはりアニメーションそのものの快楽という点において高い評価は与えられない。
 ただ、見逃せないのは直後の二人の全身を正面から描いている画で、フルスイングした後の体勢と、身を捩って身体を隠そうとする仕草が融合した絶妙の姿勢になっている。これは原作通り。
 また一方で椿くんの両頬にクッキリと赤く手形の跡がつき、しかも光っているような表現になっているのも古典的でよろしい。

感情度 (Emotion): 75

 状況は特殊だが、裸を見られてキャー!! という流れ自体はラッキースケベの王道そのものであり好感が持てる。ここは卜部が目を見開いて赤面からの、早川の悲鳴、と、両者の自然なリアクションをこの順番で見せることで、ごく短い尺の中でクライマックスへテンションが急上昇する流れを作っていて見事。
 卜部が素で動揺を見せた度合いでも作中屈指のシーンです。

リアクション (Reaction): 70

 気絶して後ろにぶっ倒れるというある意味豪快なリアクション。
 丘いわく「でもなんか、顔すっごく嬉しそう……」。気絶する前、既に打たれた瞬間の口元が笑っています。しかも、目隠しが外れてから丘がツッコむまでの間は椿くんは二人の裸をじっくり見ているわけですが、その時点では呆然とした表情で決して笑ってはいない。つまり笑ったのはその後、少なくとも裸を見られた二人のリアクションを見てからだと考えると、椿くんもなかなか業の深い男と評価せざるをえない。また、打撃SEに反応していちいち声を出すんですが、その声がなんか気持ちよさそうに聞こえるのもポイント(笑。

破局度 (Catastrophe): 55

 これは評価が難しいところ。そもそも物語上の決着は、早川が無意識に拒絶の涙を流して気持ちを自覚してしまったところで決定的についており、ビンタは単なるオチです。
 しかし一面、ビンタで気を失った椿くんはそれを最後に以後早川と顔を合わせておらず、この二人の間では象徴的にビンタが決定的な訣別になったともいえる。
 原作では椿くんの意識が戻ると早川の姿はなく、服を着た卜部に「おれ、卜部と早川の裸を…」と言いかけてじろっと睨まれるシーンがある。この話題はタブーとなったようで評価の対象になりうるのだがアニメではカットされた。また、窓から外を見ている早川が、帰って行く椿と卜部の後ろ姿を見送る描写も原作にしかない。ここは出来れば拾って欲しかった。さらに余談だが原作でもその後今に至るまで早川の再登場はない。