作品データ
TVアニメ『黄昏乙女×アムネジア』(2012年)
http://www.amnesia-tv.com/
十ノ怪 『喪失乙女』
監督: 大沼 心
脚本: 高山カツヒコ
絵コンテ: 佐山聖子
演出: 永岡智佳
作画監督: 松下郁子、木下ゆうき
概要
60年前に死んだ女生徒の幽霊で、学校の怪談にもなっている「夕子さん」がヒロインのホラーラブコメ(?)。
夕子さんは、霊感体質(?)かまたは夕子さんの存在を「意識した」人にしか姿が見えないが、それ以外は普通の人間同様に、触れることもできる。そして「もう死んでるから」とか「幽霊なのに」といった葛藤が一切なく主人公である新谷貞一と夕子さんが普通に相思相愛になるところが現代的(笑。 余談ですが主人公の貞一くんは中一、夕子さんは享年15の中三と、中学生だったことを今初めて知りました。ずっと高校生だと思っていた……。
生前の記憶がなく、いつも天真爛漫な夕子さんだが、実は自分の死に関する記憶や、怨みや怒り悲しみなどのネガティブな記憶・感情を自分から切り離していたことが明らかになる。その切り捨てられた感情が実体化したのが悪霊「影夕子」。いわばもう一人の夕子さんです。
影夕子に接触した貞一は、彼女の中の、夕子さんの生前の記憶を追体験します。当時の夕子さんと感覚を共有した貞一の一人称視点で展開するのがこの第10話。
60年前、疫病が流行して病死者が続出している村で、夕子さんと妹の紫子は、村の大人たちが人柱を立てる相談をしているのを聞いてしまう。帰宅後、姉妹一緒に風呂に入っている時にそのことについて口論に。
評価
衝撃度 (Impact): 85
姉妹で入浴、向かいあって湯船に浸かりながら、些細な口論からまず妹が姉に下克上ビンタ。姉も言い返しながら即座に反撃のビンタを返し、頬を押さえて風呂から飛び出す妹。シチュエーションとしては文句なしです。
そもそもこの年頃の姉妹が一緒に入浴してるって、原作マンガの性質上サービスの一環なんでしょうけど(笑)、ちょっとただならぬ関係を思わせますよね。
表現力 (Expression): 80
まず、貞一くんの意識が夕子さんの感覚を共有してその記憶を追体験している体なので、常に夕子さん視点の映像で展開するのがポイント。ビンタの応酬を終始同一視点から描写したのはレアケースでしょう。
紫子のビンタは、夕子さんの左手を掴んだのを振り払われた、その中途半端な位置からノーモーション気味にスイングしているため、奇襲効果は高いもののそれほど威力はなさそうに見える。後述する貞一のリアクション芸(笑)で下駄を履かされている感はあります。
続く夕子さんの反撃は相手の語尾にかぶせるように当てておりタイミングはバッチリ。ただ胸まで湯に浸かった体勢のため、スイングは大きいですが腕の力だけで打った感じです。視点も左右に少しブレる程度。
ただ二人ともなかなかいい音をさせており、姉妹してビンタ慣れを感じさせます。
感情度 (Emotion): 55
人柱を「何とかしてやめさせないと」と言う夕子さんに、紫子は「いけません! そんなことをして、姉様に何かあったら――」とその身を案じて制止しようとする。それに対し「構わないわ! 私だけ助かろうなんて思ってないわ」と先にキレ気味に返す夕子さん。そこでいきなり紫子のビンタ。
夕子さんは、科学の時代に人柱なんて迷信、とごく真っ当な意見です。「何とかして」というのも別に強硬手段とはまだ言ってないわけで、紫子の反応はやや過剰に見える。密談する村の大人たちの殺気立った様子を見て危機感を持っていると解釈するにしても、自分だけ助かろうなんて思わない、という夕子さんの返事も飛躍しすぎです。ここは会話の流れがうまく繋がっておらず、感情の盛り上がりにもリンクしてない、脚本の失敗だと思います。まあ、お互いをよく知った姉妹だからこそこれで通じている、と好意的に解釈すべきか。
あとは夕子さんが「~助かろうとは思わないわ」と言い放つのを聞いた紫子の表情が変わる描写がビンタの直前の一瞬にほしい。声はいいので画面上の感情表現ですね。
その後のやりとりも何かしっくり来ない。「自分を大切にして」という妹に「見損なわないで!」「一人だけ逃げるなんてできない!」と。これは姉妹だから言葉が少ないとかじゃなく、明らかに食い違ってますよね。一人で逃げるなんて誰も言ってないし。まあ、ビンタ自体は妹にやられたから姉としてやり返したということでいいのかもしれないけど(?)。
以上の限界はありますが、その範囲内において、視点固定のため画面上に全く顔が見えない夕子さんを原由実さんが好演してカバーしていると思います。
リアクション (Reaction): 90
ここでは過去に起きたことを貞一が追体験しているだけなので、彼の存在はその場にいる二人には全く認識されていないし、出来事に影響を与えることもない。ただ、貞一の身体感覚が夕子さんと一致しているのを表現するため、そこに貞一の姿があるような描写がときどき入る。これが実に効果的で、夕子さんがビンタされた瞬間、その痛みを共有する貞一の意識のリアクションが描写される。姉妹対決でありながら男子のリアクションも見られる、という一粒で二度おいしい実に卓抜なアイディアです。貞一くんは夕子さん同様に不意を突かれ、しかも相手から認識されていないので意識がダダ漏れ状態になっており素の反応がそのまま出ている。つまり実に痛そう(笑。ナイスリアクションです。
厳密には同時に夕子さんのリアクションもあってそちらは薄くなっているが、彼女は怯まずすぐに反撃しているので流れとしては不自然ではない。
紫子のリアクションは、言い終わる瞬間を狙い打たれ頬を押さえて放心(瞳が揺れる)、夕子さんの言葉に一瞬、口惜しそうに目を伏せてから風呂を飛び出して行く。こちらも一連の流れが丁寧に描かれており高評価です。
最後に赤くなった手のひらを見ながら「どうしてわからないの……」と呟くシーンも、貞一くんの意識から夕子さんの視点へと繋いで、右手に残った感触が伝わってくるようないい余韻になっています。
破局度 (Catastrophe): 45
風呂から上がってすぐ後と思われる次のシーンで、夕子さんは紫子の部屋を訪ねて普通に話しかけ、紫子も最初の一言二言の受け答えこそやや無愛想だが、すぐに普通のやりとりに戻って最後は笑顔も見せている。ビンタが飛び交う修羅場を演じたばかりだというのに軋轢がなさすぎる気がします。これは逆に、この姉妹はふだんから喧嘩慣れしていて、しかも手が出るのも日常茶飯事だったのではないか? という疑いが生じてくる。だとすれば口論でさほど感情が昂ぶっているように見えないのにすぐにポンポン手が出るのも納得がいきます。慣れてるので全く後を引かないことも。
実はこれに先立つ第9話で、夕子さんが、校門前で貞一とイチャイチャしているのにツッコミを入れた霧江の顔をいきなり叩くシーンがあります(ちなみに左手でバックハンドの裏ビンタ)。これは「夕子さんに負の感情が戻った」ことを表現する描写ですが、つまりもともとは手の早い性格だったとも受け取れます。しかも、相手の霧江は紫子の孫であり、容姿もソックリ。半ば無意識に、生前に紫子にしていたように軽く手が出た、とも解釈できるでしょう。かなりの深読みですが(笑。
というわけで「もともと手が早い姉妹だった」に一票。
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