『つり球』 #07 宇佐美夏樹

『つり球』 #07 宇佐美夏樹

作品データ

TVアニメ『つり球』(2012年)
http://www.tsuritama.com/
第7話『切なくてカウントダウン』
監督: 中村健治
脚本: 大野敏哉
絵コンテ: 堀之内 元、木村延景
演出: 柳屋圭宏、矢野孝典
作画監督: 須藤智子

概要

 テンパると般若のような顔になるのでキレたと誤解される主人公のユキ、彼の家に居候する宇宙人のハル、地元では「釣り王子」として有名な夏樹、そして宇宙人を監視する組織"DUCK"の構成員であるインド人(?)のアキラ、この4人が釣りをしたり世界を救ったりする話、になるらしい。
 学校では無愛想で気難しい夏樹だが、妹のさくらには甘い。二人は母親を最近(「まだ二年もたっていない」)亡くしており、父親の保が経営する食堂で働く真理子といい仲になっているのが夏樹は気に入らない。父親と兄の関係が拗れつつあるのを健気に取りもとうとする妹のさくらは『巨人の星』でいうところの明子姉ちゃんのような役回りになる。小学生だけど。
 メインが高校生4人なのだから、普通に考えるとメインヒロインは同級生の(しかも巫女)えり香のはずなのだが彼女は異常に影が薄く、出番の多さからいうと完全にさくらがメインである。小学生だけど。またはユキの祖母、ケイト。婆ちゃんだけど。声は平野文。閑話休題。
 さくらは夏樹の誕生日祝いに、釣り船を出して家族で海上パーティーを企画。プレゼントに手作りのブレスレットを、色違いで家族全員分用意する。楽しまない様子の夏樹だが、さくらの手前パーティーには参加して父親とのツーショット記念写真撮影にも応じる。しかし父親の祝いの言葉から口論に。そこへ宇宙人に操られた船(!)が衝突コースで向かってくる。大きく舵を切って衝突は避けたものの、船から投げ出されかけたさくらは母親の分のオレンジの腕輪を海に落としてしまうのだった。

 本筋とは直接関係ない宇佐美家のドラマですがここまでずっと丁寧に描かれています。一般的には父親の再婚を嫌がるのはまだ小学生の娘であるさくらのほうと考えられますが、彼女は真理子を家族として受け入れていることを態度で表明している。それで父親の保としては却って息子の夏樹に対してバツが悪いのかもしれない。夏樹は自分だけ(真理子を加えた)新しい家族の蚊帳の外にされていると感じている。男の子のほうが母親を引きずっているのも自然かもしれない。保は彼なりに息子を自慢に思っていることを伝えようと「こいつはバスプロを目指している」と言うが、夏樹は「江ノ島にいてなれるはずないだろ」、「だったら江ノ島出ろ!」「店はどうするんだよ」「お前は継がなくていい、カフェに改装する案をみんなで考えている」「そんな大事なことなんで相談しないんだよ!」というやりとりになる。
 これも一昔前なら逆に、家業を継がせたい親と継ぎたくない子という形になるところですが、息子に好きなことをやらせたい父親と、家族から疎外されていると感じる息子の、まあよくある父子の行き違いです。
 さくらが「家族全員分」として作った腕輪は五つ。亡くなった母親と、真理子を含めた五人が彼女にとっての家族全員です。そのうち、母のオレンジを海に落としたことで決定的なショックを受けるのも意味深い。

評価

衝撃度 (Impact): 85

 ここに至って遂にさくらちゃんがキレるターン。「お兄ちゃんのせいだ! プレゼント渡そうとしたのに! 喧嘩なんかするから!!」最後のアクシデントまで夏樹のせいにするのはほとんど八つ当たりですが、彼女の気持ちを考えると無理もないところです。まだ腕輪の意味がよくわかっていない夏樹は「わかった、お兄ちゃんが作ってやるから」とフォローするも逆効果。「やだ! お兄ちゃんなんかに作ってほしくない!」これには夏樹ショック。「お兄ちゃんのバカ!」と掴みかかるさくらに「いい加減にしろ!」と遂に手が出る。
 さくらちゃんのブチギレっぷりがすでに十分衝撃的ですが、おそらく初めて妹に手を上げたであろう状況、しかも自分の誕生日会で家族友人勢揃いの前で演じる愁嘆場。衝撃度は高いです。

表現力 (Expression): 75

 スピード感はさほどないですがまともに頬に入って腫れが痛々しい。さくらの正面アップで正攻法の演出。残った四つの腕輪が足下にバラバラと落ちる描写も効果的。

感情度 (Emotion): 55

 この直前に父親に対してキレていた夏樹ですが、さくらの逆ギレ(?)に対して若干戸惑っているように見える。「どうしてお父さんと仲良くしないの!? なんでみんなで楽しいのに笑わないの!?」というさくらの正論には少し痛いところを突かれたという感じではあるが、最後の「お兄ちゃんのバカ!」に対して「いい加減にしろ!」という流れがどうも決定打としては弱い気がする。
 夏樹は感情の見えにくいキャラだし、決して冷静ではなかったにしろ、「思わず手が出た」という彼の感情の最後の昂ぶりが見えない。むしろいわば普通に妹を叱ったように見えるんですが、今までの二人の関係からして夏樹が手を上げるようなことがそうそうあったとは思えない、おそらく初めてでしょう。わかりやすくするならもっと夏樹がイライラしながらさくらの言葉を聞いていて、最後に決定的に夏樹を激昂させるような言葉をさくらが言う、そして手が出た直後に夏樹が一瞬後悔した表情を見せる(これはやりすぎか)、という風に演出されるべきではなかったかと。
 「勝手にしろ!」と言って去る様子からして、やはり見た目以上に感情的になっていたということなんでしょうね。
 「さくらちゃんに謝れ!」と言うユキには(この場合は身内が言うより効果的だし)よく言ったと褒めてやりたい。実際さくらがこの日のために準備してきたことをユキはよく知っているわけです。それでも、「お前に何がわかるんだよ、わかるわけねえだろ!」と言ってしまう夏樹の気持ちも個人的にはわかるんだよなあ。これは余談。

リアクション (Reaction): 95

 一瞬放心した後、十分にタメを作ってからギャン泣き。今までずっと大人びた態度で兄や周囲に気を遣ってきたさくらちゃんが初めて年相応の感情表現を見せたのがこれとは、観てるこっちにも堪えます。

破局度 (Catastrophe): 90

 その後グダグダになって解散したと思われますが、夜、さくらが家に帰っていないことが判明したところで引き。家出して行方不明、とこの時点では最大級のカタストロフといえるでしょう。